俗語と子供の英語

俗語と子供の英語

3才から6才ぐらいの子供たちと話をするとあのアメリカの子供特夕の人なっこさと可愛らしさでたいくつしない。しかし彼らの話す言葉は英語の中でも幼児語であり聞きなれない単語がよく出て来る。使うとおもしろそうなものばかりだが大人が使うと不自然なものが多く憶えてもなかなか使うチャンスはない。例えばお腹のことは上品に言ってStomachだが少し下ってbellyさらに幼児語でtummyとなる。子供はよくお腹のいたいとき“I have a tummyache”などというが初めは何のことかわからない。またspoonのことはpoon 大人もちゃかして使うこ  ともある。遊びに入れてもらうときは“Can I play”で頭に来てやめるときは“I quit”などといって出て行く。これは大人でも良く使う。やっつけたときは“I got it(you)!”そう言われてくやしいときは“shit!”(卑語)などという。TVでは出てこない。悪  カンもshootと言う感じが出ない。これは学生などひんぱんに使うがかなりな卑語であるのでさけるものの一つであると思う。女の子が使うのは聞いたことがないが滞在中ニューヨークで見た映画“The GoodbyGirl”の中で女の子が母親の居る前で“Shit!”とやらかしあわてて口をおさえ“Shoot!”といい直す場面があった。“shoot”ならば「しまった」とか「やられた」ほどの意味らしく誰でもどこでも使える。例えばカード遊びをしていて負けたとき“Shoot,you got me!”などという人は多い。その他に子供特有のものは“Good gri  ef”,“Rats”,“Sikkening”感嘆詞でこれらはピーナツのチャーリーブラウンでもおなじみだったので知っていたものが多かった。また「おてんば」,「いたずら」,「泣き虫」の類は“Tomboy”“N  aughty”,“Cry baby”などとなる。また食事中子供はまず  いと“Yach”などと悪い言葉を使うことがある。これは何でも嫌いなも  のには使えるそうで大人もたまにジョークで使っているようである。丁寧に  嫌いなものをことわるには“I don’t care for”が一番良 らしくこれを使っていればまちがいはない。おいしいときの幼児語は“Y  am Yam”という。“comeon”は言い方で不満を表したり、さそりになったり何にでも使える。“Get out”,“Charge”となったらケンカが始まる。学生などはこのようなとき“F××k you”などというがこれもウルトラ卑語に属するものであろう。しかし中流以上の子供は比較的上品で以上のような言葉はあまり聞いたことがない。おもに下町  の家庭で聞かれる感じでその差は歴然としている。私の知り合いの中では ほとんどが上品派に属する子供たちだったり、友人だった。彼らと話しているときは全く1人の大人としての感じで理論的な話もできるが、下町派の知り合いの家を訪れると全く別の世界の子供という感じがする。たしかに親の  態度も全く異質なので子供もかって気ままに育っているようだ。下町派は食事のときにも礼儀作法にうるさくなく、オヤジさん自ら大声で意味の解らない(私にとって)ジョークをいってよく笑い、気のおけない楽しい家庭が多い。どちらも一長一短だが話しのわかりやすい点と他人の気持ちをすばやく  つかむ点で上品派の方が私にはとっつきやすく気が楽であった。その他大人も使う感嘆詞は“Gee!”“boy”とか“Jesus Christ” も良く若者が連発するもので何とも魅力的でよく使ったものの一つである。どれも単なる驚きを表現なる程度のものであまり意味はない。また口語的に  Yesを“un-hun”,発音は[   ](NOの場合発音が[   ]  となる)という場合がある。これはYesよりもあいまいな肯定であったり、  単なる合づちだったりするようであまりこればかり連発すると話しに乗り気がないのだと思われてしまう。(実はそういう意志表示に使うこともあるの  だが)それに初めて合った人に使うとアクセントにもよるが親しさよりも横  柄さが出て来るように思える。この辺は微妙で同じような例で“Yeah!  ”とか“Yeap”(=Yes)と答えても親しみのあることを示す場合と  自分の無知をさらけ出しているようにみえる場合とがあるように思えるので日本人はあまり多用しない方が良いのかもしれない。しかし友人どうしの話しにはお互いの会話をこれらはスムーズにしてくれる。本格的なスラングは  ヒッピー,黒人,ミュージシャン,ホモ,麻薬関連のものが多くとても理解はできかねるものが多い。こういうものは一般的なアメリカ人も住む社会の異いにより理解できないものであり、留学生にとっては特殊な小説を読むときに必要なくらいで普段は全く必要のないものであろう。どうしてもスラン  グは憶えたての頃使いたくなるもので状況にぴったりあてはまればより効果的で話を進める上で非常に役に立ったり、アメリカ人の気持ちにより深く入り込めるチャンスになったりする。しかし問題はそれらを的確に使いわけることが非常に難しいことである。

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