ヤング・アダルト・アクティビィティ

ヤング・アダルト・アクティビィティ

このとき参加していた地域活動の主なものは、AFS委員会,住民参加のコンテニューイングエジュケーション,小中学校での授業参加,YMCAの水泳クラブその他不定期には、高校生とのミーティング,旅行と写真の会,新しい宗教を考える会,また友人たちとの活動でとなり町のニユーキャノンにある青年グループ「ヤング・アダルト・アクティビィティ」,やここには年令の近いメンバーがたくさんいたことやAFSミーティングのとき知り合った親友のラリー・ホサックがいたのでひんぱんに顔を出していた。AFSの活動では毎秋にあるAFS派遣の来年度外国に留学させる高校生の選考を行うスタンフォード地区委員のアシスタント,またとなり町のグリニッチ,ニューキャノンそれにノーウォークの委員会との連絡をとって行う定例のミーティングの準備などが主なものだった。従って各地区の高校生とは多く知り合える機会を持つことができ、アメリカの高校生気質というものには充分接し、理解を深めることができたと思う。例えばこのミーティングで知り合ったハリエット・タイラーという女の子はアメリカのハッピーな高校生の典型ではないだろうか。彼女は近い将来AFSの留学で外国に行きたいそうでいろいろ勉強をしているが選考に推薦されるにはクラスでポピュラー出なければならないので悲観的だといっていた。しかしいつも気が良く愛きょうがものすごくある。音楽があれば指をならしてビートをとったりポピュラー歌手の話にはすぐ夢中になる。しかしこの辺のことは高校生でもややおさない部類に属すると思う。服装はすりきれたジーンズにシャツスタイルでブルネットの髪を肩まで長くしている。年令は15才だが話す内容と体格はまるで大人。いつもニコニコしていたずら好き。勉強はあまり好きではなくいつもテストの成績を気にしている。でもその陽気さを充分生かして高校生活をエンジョイしているように見える。母親のジョー・タイラーは「うちのできそこない」だというけれどもなかなかしっかりした女の子であるとも思う。だいたいアメリカでもこの年令の時期には、大人っぽい者と子人っぽいものいろいろありいちがいにはいえないのだが日本人高校生に比べればはるかに大人で早熟である。しかしこれらのミーティングの中で黒人の高校生と出合うことはなかった。だいたいユネチカット州は黒人の比率が白人に対し少ない方だし、全米の州の中で最高の所得水準だとも聞いている。その中でグリニッチは高級住宅地としても有名でニューヨークのロングアイランドなどと同様にお金持ちが集まっている。スタンフォードはやや大きめの年なのでダウンタウンはスラム化して黒人たちの集まっている場所も若干あるが全般に水準は高い。そのような理由からこの辺の高校生は一般におっとりしていてハッピーな感じのする子供が多いのだと思う。これが大都市の高校生となると全く異った面を持って来るであろう。
留学生の選考会は各地区さまざまで、さらにとなりの地区どうし両方の選考会で他地区の生徒を審査し合って公正をきしていた。個々の面接そのあと在米の外国留学生,AFSのOB,選考を受ける生徒,委員などで野外にピクニックの食事をさそい合ったりして団体行動の中での活動を観察する。これも一種のテストになっている。私の役割はこのピクニックの食事の買出しや集合場所の案内を周知すること、あとはみんなと一緒に楽しんで居れば良いだけなので気が楽だった。どこの国の高校生も本質的には変わりがなく、少しのことで笑ったり、ふざけ合ったり、全くくったくがない。私もSITのキャンパスに居た頃から10才ぐらい若い感覚におちいっていたので高校生にも自然にとけ込めるふんいきができていた。日本語ではなしたらさぞ無意味でつまらなさそうな会話でも英語になると魅力的になって来るのは全く不思議でならないがこれは私にとってアメリカ生活全体を通していえることだった。ミーティングが終わると選考委員が集まって書類と写真を引き合わせいろいろ議論ほする。私も加わって参考意見などをのべるがみんなが明るくて良い生徒のような気がしてまるで見当がつかない。しかし云えることは、自分の意見をはっきり主張していた生徒に人気がありここでもアメリカの合理主義というか自己主張をしないとおいてきぼりをくうようなシステムがあると思った。
また、この他の活動では、近くのハイスクールで行っていたコンテニューイング・エンデュケーション・スタンフォードパプリック・スクールという機関がありそこで次ページの表に示すようにあらゆる種類の教室が開かれている。有料($25/日ぐらい週一回)のものもあれば無料のものもある。夜の7:00頃から始まるものが多く他の用事と重なることがあり、完全に出られたものは一つないがギターベーシックは比較的顔を出した方で異なった種類の友人を作るのに役立った。無料の英語教室は移民対称のものであまり役にたたず長くつづかなかった。同じ夜に開いていたボーカルミュージックの教室はよく日曜日に高校の講堂で発表会などを開き、数十人のメンバーでなかなか熱心に活動をつづけていた。これらの活動は日本よりはるかにさかんでアメリカ人の行動力というか何か興味を示す力はたいへんなものだと思った。参加者のメンバーは中年、中でも女性が多いようである。書き忙れたがAFSの選考会のメンバーもボランティアで余暇の時間を利用しての市民の手によっている。
小学校の授業参観をふくめての訪問は実に楽しいもので何度訪れても失望することがない。先生方も気さくな人が多く歓迎してくれる。以前からテープレコーダーにアメリカの子供たちとのインタビューの録音をして集めていたのでそれもついでに先生にたのんでやらせてもらった。日本(外国)についての関心はなかなか高く、というよりも彼らは何に対してでも好奇心が強い。授業の社会科の時間に日本のことを一とうり説明して質問を受けるといっせいにクラスの半分以上が手をあげる。何ともにぎやかで一日先生になったようで何とも気分の良いものであった。質問が聞きとれなかったりするとそばで先生が大人の言葉に直して通訳してくれる。小学生だとまだ物事の認識がたりなくておかしな質問も多いが中学生になるとなかなか正確な知識を日本の歴史などに持っていたりする子供がいてこちらが驚いてしまう。街を歩いていて見知らぬ子供から“Hi”と声をかけられて小学校で会ったじゃないかなどといわれると何となくいい気分になってコーラなどを買ってあげたりしてしまう。授業の内容は各先生のパーソナリティによるところが多くいろいろ異なるが自由ほんぽうにやっているという感じがする。しかしそこは小学生のことさわぎ出してとまらなくなると、日本と同じで先生が真っ赤な顔を“Be Quiet!”“Control Yourself!”などとどなるのはどこの国でも同様であると思った。
「ヤング・アダルト・アクティビィティ」の活動は地域の青年たちの集りで特にグループとしての目的は持ってない近所の気の合う連中でグループを作って集まっては旅行に出かけたり、ゲームをしたりスポーツをしたり、多いときは20人ぐらい少ないときで5~6人集める。メンバーの職は様々で会社員であったり秘書,店員などであったりする。下の写真は、10月の初め近くの丘にある公園に遊びに行ったときのものである。みなでハンバーガーを作って野外で昼食をとったりその後バスケットボールをしたり、丘の上までハイクする。この辺は全く日本の若者グループと変わりがないが異るのは彼らの遊びを楽しむための準備のうまさ、つまりいろいろな道具カセットテープ,運動用具,炭火にコンロ,野外ゲームなどなどである。それに女の子たちの底ぬけに明るいこといつも笑いがたえなくて例えばアリスとデビは2人で漫才をやっているようで大きい声で活発に話す。私が「何でそんなにいつも楽しそうなのだ?」と聞くと「だっておもしろいじゃない」というような答でいつもはぐらかされる。
ゲームの日には各自が持っているゲーム用具をもってラリーのアパートに集りいろいろな種類のゲームを楽しむ。マージャンや囲碁を持って来たのでコーチしたが自分もよく知らないし、内容が複雑なので大混乱ということになってしまった。その他みんなしてニューヨークに出かけたり、だれかの誕生パーティを開いたり、週に一度以上顔を合わせる楽しい仲間だった。これらの地域の青年活動グループと行動を共にする中で彼ら二付いて感じたことがある。1960年代後半のヒッピー運動につづきベトナム戦争(彼らはスラングでNamという)が集結し現在アメリカの若者たちは保守的になっているのでは政治の議論をする若者は少なかった。一般に40~50代の人たちがより政治に関心を示しよく議論をしているようだが無関心派が多いように感じた。これは大学のキャンパスの中でもいえることだと思う。しかしこれはWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と呼ばれるアメリカ人の主流派の若者たちであまり多くは交流できなかったがプエルトノコ人,黒人,ユダヤ人などの若者になるとだいぶ話は変って来る。もちろん私の周囲にいた青年たちも自分の将来などには大きな関心を示しているが、それはむしろ現在の社会の道徳,宗教,家族,健康という方向に関連ずけられている。中でも現実の中での倫理感の追求の議論には熱心でたまに参加してもこちらの入るすき間がないくらいでつまらない質問などするとにらみつけられてしまう。彼らの中の新しい倫理は当然現在の宗教にあきたらないものが出て来て新しい宗教運動へと発展していく。その内容についてはここではふれないがそれらが彼らの生活のよりどころになっていることは確かである。社会的に将来どういう位置をしめて行くのかまたは単なるグループの活動なのかは判らないがアメリカの巨大な物質文明へのアンチテーゼであることはたしかのようである。

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