スタンフォードに下宿してお仕事

スタンフォードに下宿してお仕事

約3週間のコロチェスターでの家庭滞在を終え、そこから車で約2時間の同じコネチカット州のスタンフォードに移動し、まず下宿探しから初めなければならなかった。AFS,ソイネン氏にたのんでおいてので2~3のあてはあり、その足で一番条件の良さそうなAFS(American field Servis)のスタンフォード委員会に関連のあるCBSに近い家を訪問した。また新聞広告に掲載されている一般のアパートは最低で$300/月、高いものは$1000/月でありなかなか手が出ない。スタンフォードはマンハッタンへの通勤圏もあり、物価は高い方である。
最初に訪問したパールスティン氏宅はご主人もいなかったものですぐ返事がもらえずとりあえずダウンタウンにあるYMCAに泊まりそこからCBSに車でかよいながらしばらく様子を見ることにした。YMCAはこの種の宿としては1泊$6/日と高い方である。しかし、一般のビジネスホテル$30~50でとても長期に泊まれる場所ではない。場所は大変便利で駅が近く、すくそばにマーケット,レストラン,図書館などがあり、またYMCA内のプール体育館も自由に使用できる。しかしそれでも宿泊料がやや高めであること、食事が不規則になること、CBSでの仕事から帰っても英語を話す機会を常に持ちたかったことなどの理由から食事つきの下宿があれば理想的だと思っていた。その後2~3日してパールスティン氏宅からディナーにさそわれ、これがいわば面接試験のようなもので、愛想よくふるまったせいか、「いつからでも来なさい」ということになりYMCAをそきはらってCBSのすぐそばのパールスティン氏宅に滞在するようになった。そのときの条件は、2食付き、家では家族の一員としてふるまうことというようなことであつた。
CBS Technology Center(以下CTC)はスタンフォードのダウンタウンから車で北西に約10分ぐらいの所にあり、国道15号線(住民はこれをパークウェイと呼ぶ)につながるハイ・リッジ・ロードに面している。CTCのある付近もニューイングランド地方の例にもれず美しい緑に囲まれた別天地で私がCTCに通い出したのは9月の中旬でもあり、最もさわやかで美しい頃であった。やがて10月に入るとこの地方の紅葉は素晴らしく日本の日光などの紅葉をも、しのぐ美しさのように思われる。周囲はゆるやかな丘が拡がり、住宅は大きな敷地にポツンポツンとあるだけで森が丘をおおっている。ハイリッジ・ロード沿いにはマーケット,ドラッグストア,ハイスクール,銀行レストランなど一般住宅もところどころにつらなっている。CTCの建物は平屋で豊富な敷地を余裕をもって使い囲りには広い芝生がつづき、さすがにアメリカ的な感じがする。蛇足だが郊外のスーパーマーケットなども同じで、必ず広い土地を使い平屋だての超ワイドなものが多い。また車社会のアメリカでは通勤はほとんど全員が車を利用しているので駐車場は大きくとってあり、ディレクター以上には専用の場所があたえられている。しかしCTCの規模はそれほど研究所の中でも大きい方ではなく、研究者とスタッフを合わせても60~70人である。
CTCはかつてCBSラボラトリと呼ばれ数カ所の工場,研究機関を持ったCBSファミリーの中の独立した企業であったがCBSが数年前子会社の整理をしたときに、規模が縮小され現在のCTCだけがCBS系列下に残ることになった。当時のCBSラボラトリは主に新しい放送機器関連の製品開発,販売をしておりNHKに関連のある機器とつてはノイズレデューサー,カラーコレクター,4chステレオSQデコーダー,ビデオディスクプレーカーなどが有名であつた。現在のCTCはCBSTelevision Network(以下CTN)やCBSレコードなどのスポンサーシップにより、より現場に密着した仕事また将来の新しい製品の基礎になるような研究を行っている。また若干の委託研究にも時に応して行うようである。研究の流れはCBSラボラトリ時代のものを受けついでいるようで新しいアイディアにとんだ、より放送又はレコード分野で効果的に利用できるものの開発に熱心である。
週5日制で8:30~5:00までの勤務。昼休みは12:00~1:00までである。朝の始まりの早いのには驚いたが、下宿から車で約10分もかからない距離にあったのでなれればあまり苦にもならなかった。しかし20マイルもはなれたところから1時間以上かけて通勤してくる人もおり、そのような人はたいてい同じ方向の人が相乗りをしたりして経済的にすませている。むしろスタンフォード市内に住んでいる人は少数派である。8時30分始まりなのだが何故か遅れて来る人が多く8:35~8:40k3間がピークで8:45分頃まで玄関は出勤する人でがやがやしている。アメリカ人は会議の時間はかなり正確に守るが、出勤時間はCTCにかぎってルーズであり日本とは逆の傾向にあるようだ。タイムカードはないので受付のペギーに“Good morning”というと彼女が出勤簿にチェックをして“How are you this morning?”などと聞いてくる。私は英語で“How are you?”という表現が好き“Hello”や“H:”もよいけれど“How are you”はより相手を気付かっていて健康状態気分さらに最近どのように生活しているのかをおおげさにいえば問うているのでなかなか含 のある表現だと思う。しかしこれもアクセントによっては単なるあいさつになってしまうのだが。判りやすい例で説明するとろうかですれ違って“Hello”というとたいていの人はにっこり笑って“Hello”と返事して歩いて行く。“How are you”というと立ち止まって“I’m Okay and……”などという。英会話の入門編のようだがたいせつなことのようにも思う。これはやはり平叙文と疑問文の異いから来るものなのだろうかと思うのだが。話がそれてしまったが、そのようなわけで朝は受付のペギーが全員の顔を見てチェックしている。これは小さな研究所だからできるのかもしれない。彼女は外線の電話応対から給与の明細書を毎金曜日に職員にわたすまで1人でやっておりなかなか忙しそうだ。みながゆっくり出勤するので遅刻チェックはしていないのかと思い9時を過ぎて出て行くとペギーに「ねぼうしたのか?」聞かれた。「めざまし時計が故障した」などといって次の日定刻に出て行くと「めざまし時計はもう直ったのか」などと聞かれてしまう。いろいろなこまかい事まで良く憶えており受付には適任のようだ。帰りのチェックはCTCただ1人の守衛のフレッドがやりペギーは早く帰ることになる。他に、CTCのスタッフは各ディレクターの秘書と人事係に2名メイク2名図書室1名、その他数名で日本に比べ非常に少人数で運営しているようである。各研究員はそれぞれ自分のオフィスを持っており、私にも一室与えてくれた。広さは約4.5畳ぐらいでデスクといす電話ファイルボックス,本棚,来客用のいすなどを付けてくれた。ドアを閉めれば全くの個室でプライバシーを(会社の中で)保って落ち着いて仕事ができるというわけである。しかしドアは通常人が出入りしやすいように開けておく。つけてもらった電話は長距離通話が可能でニューヨーク,ハートフォード,バーモントなどに連絡するのに非常に便利であったがさすがにロサンゼルスやフロリダまで長距離をかけるのは高額でもあり気がひけた。
さてCTCでの私の仕事はアドバンスドテレビジョンテクノロジーのディレクタームーア氏のもとで彼らの行っている研究・開発の仕事に協力することであった。CTCの組織は次ページの表のように、大きく別けて4つの研究セクションからなり、映像部門と音声部門が各2つづつある。私はその中の映像部門のセクションにかかわる仕事をすることになっていた。しかし最初にムーア氏らと打ち合せをしたときは、彼らもまだ私の仕事の内容を決めて待っていたのではなく、むしろCTCで現在作業を進めている仕事(テーマ)の中で私の興味のあるもの又は自分の考えているテーマでCBSが充分それに興味を示せるものがあれば独立してやって行ってもよいとのことだった。しかし、イメージ・システムテクノロジー部で行っていた撮像管評価試験に関しては、日本製のハンディカラーカメラも評価用に入手する予定であり、他のテーマと並行して手伝って欲しいということであった。
まず最初の一週間は彼らの行っている仕事の内容を把握することであった。そのための各テーマごとに担当者から一人2時間ぐらいづつ説明を受けることになった。以下に説明を受けた項目だけ上げる。
私のしていた仕事の説明、さらにCTCでやりたいテーマについて説明をした。CTCの測定機器等をしらべた結果なんとかシステムは組めそうだったので「カラー受像モニターに関する評価実験」を提案しておいたが、その後の話し合いでは受像モニター関連の実験は、受像機,モニターメヘカーサイドの領域でありCTCではあまり乗り気なテーマではないと返事して来た。アメリカでは分野の区別がはっきりしており、お互いに分離して研究しているのもその理由だとのこと。これはCTCのエンジニアと話していても気のつくことで以前のCBSラボラトリーの流れを受けついでおり工場を持ち機器を生産していたことも関連しているのではないかと思う。
とりあえずアパチャー回路の改良実験に関してカイザー氏らと協力して行うこと、また撮像管の評価実験をイメージシステムテクノロジーのアブラハムズ氏と一緒に行うことになった。その後、新しい撮像管の特性測定及び日本製カラーカメラの評価などの仕事が相次いで入りほとんどこれらの仕事をアブラハムズ氏と一緒に行うことが滞在期間を通してほとんどをしめることになった。撮像管といえば、フィリップス社のプランビユンが主流だが、それにしても各国の工場で作っているので、それぞれ異なった性能を持っておりまた最近はサチコンも出て来ているのでCBSとしては多くの測定データーが必要なわけである。アブラハムズ氏は撮像管の専門家で私の方はその周辺回路に関し多少の知識があるので常にお互いの立場から意見を出し合ってテスト法などを決めながら仕事を進めていた。私の意見も充分に尊重して取入れてくれたのでスムーズに仕事ができた。実験は2台の同型カラーカメラを使用して撮像管の比較測定、チューブテスターによる基礎データー集め、また実験室だけでなく、屋外でのフィールドテストも含め、総合的な評価を進めていた。この実験には、CTNの人たちも深くかかわっており時折彼らもニューヨークの本社から来て一緒に仕事をした。これらの結果は、現場やエンジニアリングオフィスにも報告され、今後CBSで購入するハンディ小型カメラの機種,撮像管決定に関する資料にすることであった。評価方法に関しては、CTNを含めたミーティングに参加したわけではないので、詳しい最終的な方法まではわからないが、まだ多分に経験的な方法で判断している部分もありあまり進歩しているとも思えなかった。またこの実験中にも何回かの部内外からの所内見学がありその準備なども彼らと一緒に行った。当然のことながら、部外の見学者には開発ずみの機器を見せ簡単な説明ですましていたが、部内でCTNの新しいプレジデントの見学のときは、自分たちの予算にも関係しているせいか、一生懸命研究開発の成果をPRしていた。
仕事の進め方は、テーマの性質上グループで行うものもあれば個人でやっているものもある。打ち合せは上部ではひんぱんに会議室に入り行っているが下部になるとそれぞれの上司と自分たちのオフィスで行っている。予算と企画はアメリカらしくだれでも良いアイデアさえあればすぐ取入れて行っていくカイザー氏はいっていたが実際にはより厳しいものではないかと思う。若い技術者は少なく30才代後半から40代が多く私と同じ年のジム・バーネットをのぞき20才代はほとんどいなかった。ジムによると彼の年代の技術者は3~4年ぐらいで職場を変わるのが普通だそうで日本の終身雇用制は知っていたけれども、やはり異質な感じがするらしく肩をすくめていた。例えば彼は数年前コンピューター関係のメーカーにいたし、アブラハムズ氏はRCA、ジョンはNBCと過去の職場はいろいろである。毎年のコントラクト制なので気軽に移動できるのかもしれない。従ってCTC内で若い技術者を育てるための教育プログラムを会社が主催していることは私の滞在期間中は一度も見かけなかった。残業はしないし家庭に仕事は持ち込まない。いったいいつ自分のための勉強をしているのか見当がつかない。しかしこの研究所では一ケ月に一回ぐらいの割合で不定期のレクチャーが開催され、毎回各研究者が現在進めている自分の研究の紹介などを肩のこらないムードを行う形式である。これは「談話会」として行っているものに似てい。研究所としての規模が小さいのでほぼ全員が集りレクチャーネームの途中でも気軽に発表者にファーストネームで呼びかけて質問をしている。
その他仕事の進め方で気の付いたことは、確実に伝言やたのみごとをするときに口頭によらずメモランダム用紙に用件をタイプして担当者に廻す習慣がある。とくにオフィシャルな連絡はこれが早くて確実であり、私もつまらないことでもタイプして口頭でも伝えるようにした。こうしておくと自分の控えにもなるし相手も用件をよく憶えていてくれる。CTCの仕事は研究機関でもあり、かなり個別的な仕事も多くはたから見ているとそれぞれマイペースでやっているようにも見えるが新しい研究テーマの選択などは各部のディレクターを中心に人間の取い扱も含めて綿密に検討しているようである。規模は小さいが少ない人数で効率よくアウトプットを出しているという感じがする。4ケ月弱という短い期間でもありまとまった仕事はあまりできなかったが、アメリカの技術者と直ちに接し協力して仕事をできたのは、非常に有意義なことであった。将来も長く交流をCTCの人々とつづけ個人的な友情、また仕事の上でも役立てていきたいと思っている。

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