マイアミ大学

温暖のマイアミへ

7. マイアミ大学での学生生活

7. スタンフォードを出発
新年が過ぎて一週間経った頃、私はフロリダへの移動の準備から、友人た  ちやCBSの人の開いてくれたゴーイング・アウェイパーティに出席したり  して全く忙しい期間だった。私が1日の最もこの地方が寒い季節にフロリダ  に移動することをつげると誰もが非常にうらやましがる。それもそのはずで  テレビのコマーシャルや新聞広告も冬のバカンスをマイアミで過ごすための  宣伝でいっぱいになっている。しかし私にとっては、新しい南の地も魅力的  だがせっかく土地に馴れ知り合いや友人たちが多くできた所を去るのはとて  もつらいことだった。しかしまた春にニューヨークには戻って来る予定だっ  たので空港やターミナルまで送って来てくれた人たちとも、再会の約束をし  てマイアミに向かった。ラガーティア空港からマイアミ国際空港まで約2時  間40分で着いた。ニューヨークでは厚いスェターとコートを着てふるえて  いたのにマイアミではスェターをぬいでも汗が出るほどだった。そしてスタ  ンフォードの雪景色と枯木だけの色の無い街並みから一瞬のうちに緑がいっ  ぱいで夏の日ざしの光景に変化してしまう。頭では理解できても何とも不思  議な感激のあるものだ。
7.2 レジストレーション,マイアミ大学
入寮の手続きと受講する科目の登録(レジストレーション)を行い、私は  英語の授業の他に一般の科目をいくつか取った。これは自分が最初に興味を  持って選んだものと後に知り合った学生にさそわれて途中から参加したもの  もある。いずれにせよ1セメスターだけの授業への参加だったので単位を取  ることはできず聴講の形になるものがほとんどである。途中から友人たちに  さそわれて参加した大人数のクラスにはレジストレーションをなしで聴いて  いてもとがめられることはなかったので授業料も全部払っているとばかにで  きず無断聴講のクラスもずいぶんあつた。英語のクラスは外国人がこの大学  に入学するための資格を与える目的がはっきり示されておりそのため授業の  内容,また生徒の目的も大学入学のための準備期間としてとらえている。と  くに私のいたアドバンスド・クラスの生徒は、はっきりと次期セメスターに  入学をめざしている者が多く勉強もわりあいと熱心にやっていた。一般コー  スの大学生(外国人の)も語学になお問題のある人は教授が指定の英語科目  を受ける義務があり、ときどき英語のクラスにも参加している。また、私の  とっていた一般のコースはアメリカ近代史,コンピューターぷろぐらみんぐ,  哲学一般などだった。マイアミ大学は、生徒数約18,000人,評判の高  い学部は医学,海洋生物学,工学などとのことだった。私立大学のせいもあ  り授業料はアメリカの大学の中でもアヘビーリングなどの東部の学校と並ん  でかなり高い部類に入り、1セメスターで約1,700ドル一年間でサマー  セッション,寮費など生活費も含めると7,000~9,000ドル以上は  かかるようである。しかし学生の質はカルフォルニアや東部の有名校のよう  に高いものではなく、金持ちの子供たちの集りという傾向も若干ないではな  い。構内はかなり広い方だが全体にある程度まとまって教室が点在しており  教室から教室への移動も歩いて行けそれほど苦にはならない。大きな大学の  キャンパスになると(ミシガン大学など)バスで移動したり自転車が必需品  となる。キャンパスの中央に大きな池があり、その周辺にオフィスや寮,教  室が建っており景色もなかなか美しい所であった。池の周りには熱帯樹が多  くみられ北東部地方のキャンパスとは全く異ったふんいきである。さらにそ  の周辺には、各種のスポーツ施設のテニスコート,バスケットボールコート,  野球場,大きなフットボール練習場がある。有名なオレンジボールは大学の  キャンパスからはやや遠い所にある。これらの施設は学生証を示すだけで気  軽に利用できる。寮は各種のものがあり夫婦用また独身者用でも上級生用,  新入生用,費用は高額だが居ごこちのよいリビング・ルーム付の豪華なもの  に入ることもできる。私の入っていたものは12階建てのビルでアメリカ人  のルームメイトのドンと2人で共用していた。あまり広くないが勉強をする  には充分といったところだった。この学校には東部の名門校にあるような閉  鎖的な学生クラブ,例えばアイビィ,キャップアンド・ガウン,コティジの  ような米国の上流階級の子弟が集まるクラブはあまりみられなかった。キャ  ンパス内でのアクティビティへの参加はいろいろと楽しいものが用意されて  おり、テニス,カード,チェスクラブにはよく参加していた。しかしこれら  のクラブは比較的少人数で活動している同好会的な色彩が強い。本来のスポ  ーツクラブはフットボールクラブに代表されるように、かなりプロ的な要素  の強いものである。ここでマイアミ大学の周辺のことについてふれることに  する。マイアミ大学という名前でも、実際に存在するのはマイアミ市内では  なく、西どなりのコーラスゲーブルズ市である。コーラルゲーブルスは「ア  メリカのリビエラ」として1940年代に設計された町だそうで整然とした  美しい街である。またマイアミ市(人工35万)とマイアミビーチ市(人工  9万)は異った市で一般に有名な高級ホテル街のつらなった光景は本土にそ  ってのびた細長い島にあるマイアミ・ビーチ市で見られる。それぞれの市内  を訪れてみると、市の中心部は他の中型都市と変わらずとくに目新しい感じ  はつかめない。マイアミビーチはやはり会社をリタイアーして冬の避寒地と  して訪れのんびりと過ごしている金持ち風の老人のカップルが目立ちほとん  どが若者または子供たちはマイアミビーチ周辺では見かけない。マイアミ市  の中心は、やはり白人が多いがラテンアメリカ系の人種も多くその次に黒人  が多い。市内での買ものなどは英語よりもスペイン語の方がよく通じる店も  多い。また、市の南西部にある高級住宅地域であるココナツグローブ,また  その近くの島々のキービスイケインを訪れると海岸沿いに熱帯樹にかこまれ  たエクスクルーシブな別荘がつらなっており私設のボートをもやっておくた  めの小さな運河が各家ごとに作られている。これらの大きな別荘群を見ると  あらためてアメリカの金持ちのスケールの大きさがわかる。また気候は、冬  は大変過ごしやすく平均気温は1月~2月頃で15゜C~25゜Cといった  ところだった。とくに昨年の東北部は寒波が激しくその影響がフロリダにも  やって来てすずしい日が続いていた。しかし夏は40゜C近くなる日がつづ  き、学生にいわせると大学の教室から教室への移動だけでへとへとになると  いっていた。

7.3 授業とアクティビィティ

英語のクラスの授業は、リーディングの時間にシェークスピアやギリシヤ  神話を題材に進めていたがこれは英語自身は古語も多くそれほど実用に役に  立つとは思えなかったが、これも英語国民の一般知識の一つとして勉強して  おくと拡い範囲で役に立つのではないかと思った。まだレギュラーコースの  授業は、これも教授や講師によりさまざまな進め方をしているがディスカッ  ションの多いもの、本に従って進めて行く授業いろいろだが全体に云えるこ  とは、毎回の宿題の量と教科書の次の授業までのアサインメントの量がもの  すごく多く日本人学生がアメリカ人学生と同等に勉強を進めて行くには、か  なりの時間をかけて努力しなければおいつかないものが多くあるように感じ  た。授業の中でのアメリカ近代史などはアメリカ発展の過程、その成り立ち  などを現実の問題とときおり照らし合わせながら進めて行き興味が持てるも  のだった。これもアメリカ人の持っている基本的な知識を身につけるのに役  立った。またアクティビィティは大学の中で生活していると自然外部の地域  活動にはスタンフォードにいたときよりも参加しにくくなって来る。近くの  教会や高校の活動にときたま参加した程度で主な活動は寮とクラスの友人た  ちとの行動をとるものになつてくる。相変わらずこの学校でもパーティは必  ず週末にあるが、これらは誰でも参加できるものが多いのだが中には上級生  だけのもの、クラブ主催によるものなどもあり、バーモントのサマースクー  ルのときのように何にでも顔を出せるというわけではない。身近なところで  は、私の住んでいた寮の12階の連中で開いたフロアーパーティは楽しいも  ので私とフロアーカウンセラーのロバート,となりの部屋のマーク,ジムと  企画して月に1回づつぐらい持っていた。寮の各階には、黒人,白人入り混  じってすんでいるのだが黒人はあまりそのようなミーティングやパーティー  には積極的に参加して来ないようだった。しかしそれでも他の大学に比べこ  の大学内では比較的両者の交流がさかんである方だというこいである。フロ  アーパーティはごく簡単な形式のもので飲みものと(ビール)と音楽があれ  ば、階のリビングルームに集まって始める。ただガールフレンドは、それぞ  れがさそって来ることになるのでステェディでなくてもクラスの女子学生を  つれて来ることになる。また、この期間にセント・バレンタインデー(2月  14日)のお祭りがあったが、これはアメリカでもかなり重要なお祭りに当  たるらしく学生どうしでもおくりものやチョコレートを交換したり、パーテ  ィを開いたり、キャンパスの中でもいろいろなもようし物があった。クリス  マスのときもそうだったが、アメリカ人はよくよくプレゼント交換するのが  好きな国民のようだ。感謝又は愛情の気持ちを示すのに何か形にして表す気  持ちが強いのでこのような習慣があるのではないかと思った。

7.4 学生たち

私は1~2年生用の寮で生活していたので自然下級生とのつき会いが上級  生より深くなった。その下級生たちの印象は、彼らが勉強の時間が少ないこ  とに驚いた。とくにルームメイトだつたドンなどは授業もお昼から始まるも  のや夕食後のものを数単価とっているだけで毎日ガールフレンドのデビと一  緒にいる。しかし親の仕送りで生活している身なのでお金にはいつも不自由  していて外に出歩かないでキャンパスの中で適当に楽しんでいるようだった。  しかし同じ階に住んでいたロイドはドンと逆のややがり勉タイプで金曜の夜  でも寮にいるほどだった。彼は大学のFM放送局のアナウンサーをしており  きれいな英語で喋っていたのでよく単語の発音などを聞きに行ったが気軽に  長い時間でもつき会ってくれた。また大学新聞のコラムにもよく小文を載せ  ていた。彼はユダヤ系だったが将来はローカル局のアナウンサーが志望だそ  うで学生の中では下級生だが将来の計画がしっかりしている方だった。この  2人は、両極端だがこの学校の学生気質を表しているような気がした。北東  部の学生たちに比べれば全般に毎日あそんでいるように見える。図書館も大  きくりっぱなものがあるのにいつもガラガラのときが多いくらいだ。
またこれはアメリカの大学生全体に言えることかもしれないが一度社会に  出て(休学して)1年ぐらい働いて来てまたフラリと大学に戻って勉強をつ  づけている学生が多い。大学の出入りが自由でマイペースで自分の人生をう  まく計画して勉強しているように見えた。学生結婚しているカップルの多く  キャシィとアルは私の滞在中に結婚式をあげた。はたから見ているとお互い  気楽そうにやっており2人とも若いせいか将来にはひどく楽観的だ。結婚前  彼らはルームメイトだったそうで何か変な話しだがアメリカの学生どうしな  どでは異性のルームメイトもありうるそうだ。無論リビングルームのみ共用  でベッドルームは別になっている。2人とも私には好意的でいろいろとめん  どうを見てもらった。よく彼らのアパートに遊びに行ったが学生生活のその  ままの延長のようで何とも殺風景な部屋に住んでいた。また学生たちが問題  を起こすことも多く一番多いのはコカイン,エンジェルダスト(高価だが)  などの麻薬所持である。マイアミ大学生がよくつかまっていた。また賭博。  マイアミ大生はお金があるせいか有名クラブのメンバーに多くの学生がしめ  ているとこといわれていた。学生運動は政治的なものはあまり活発でないの  で学園全体はいろいろ問題があるものの靜かなものである。また近くの高校  生も都会の学校のせいか、窃盗などの常習の生徒も多くスタンフォードにい  たときよりもすれっからしの高校生が多いようだ。大学生たちのキャンパス  外の遊び場は近くのビーチに行くこと、ドライブなら1泊するがキーウエス  ト(米本土最南端),ディスニーワールド,身近なところでは、ドックレー  ス,イルカの曲芸、ローラースムート,ゴルフ,変わったところではガンシ  ョット,スカイダイビングなどもある。キャシィたちにさそわれて出かけた  がスカイダイビングだけは高額なのと怖かったのでやる気にならなかった。  いずれもアメリカ的な遊びだと思う。また私の滞在中,映画「サタディ・ナ  イト・フィーバー」が1月~2月にかけ全米で大ヒット、キャンパスの中も  その影響が強く学内はディスコ・ブームにわきかえった。まさに70年代後  半の若者文化のある一面をよくとらえていた映画だったのだろう。そして私  がヨーロッパに渡るとイギリス・フランスでも大ヒット中、そして今日本で  も世界のファッションの同時性,均一化という傾向を肌身で感じた。私にと  ってのキャンパスでの生活は社会生活に比べ気が楽で同年代の友人をたくさ  ん得ることができるが滞在期間がそれほど長くなかったのであまり深いつき  あいはできなかったと思う。また机に向かえる時間がスタンフォードにいた  ときよりも多くとれたが、その分生活の範囲はキャンパスの中になりがちだ。  しかしこの頃はアメリカ生活にすっかりなれた時期でもありフロリダの太陽  の中でのびのびと勉強,活動に専念でき非常にタイムリーで有効だったと思  っている。

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